これはパイワン族に伝わるお話しで、当地では「サルムッジの話し」として知られています。特に台湾東南部に住むパイワン族に広く伝わっている有名なお話だそうです。私は 台東県太麻里郷の海の見える小さな村でこのお話を聞きました。
昔、この山の裏側に「ムリ」という名の村があったそうです(現在のどこにあたるかは不明です)。ここにサルムッジというおばあさんがいました。噂によれば、120歳。す でに100年間を生きているのは確かだと言いますが、本当は何歳なのか、それは本人を含めて、誰にもわからなかったそうです。
このおばあさんは立って行動することはほとんどなかったといいます。終日、室内に黙って座っているばかり。しかも、少しも動かないのだそうです。食事はおろか、トイレに すら行かないから不思議です。人々は薄気味悪いなと心中では思いながらも、とりたてて 面倒なお願い事をしてくるわけでもないので、放っておいたそうです。
しかし、ある日、突然、ユラユラと部屋から出てきたサルムッジばあさんは人々に向かって、か細い声で、こう言いました。
「これから地中にあるスルムという国に行ってくる。もし、5日して私が戻ってこなかったらスルムは良いところだということ。もう2度とここに戻ることはないだろう」 そう言い残すと、サルムッジばあさんは庭にあった穴に入り、地中へ向かったそうで す。
それから5日が経ちました。そして、サルムッジばあさんが戻ってくることはありませんでした。日頃はサルムッジばあさんに無関心だった人々は口々に「スルムの国はきっと 良いところに違いない」と言い出しました。男も女も、老いも若きも、そこに行こうとする者が続出しました。しかし、その数があまりに多いので、長老たちは会議を開き、一つ の案を決定しました。それは、頭目も平民も、みんな平等に年をとっている人間から、順にスルムの国へ行こうというものです。人々もそれに納得しました。そして、年寄りたち は年齢順に、みずから進んでスルムの国を訪ねていったのだそうです。
地中にあったという「スルム」の国。ここが死の国であることは言うまでもありません ね。
このお話は台湾の北部に住むタイヤル族の人々の間で広く伝わっているものです。最近はすっかり熊など、姿を見ることもなくなりましたが、伝説の中では比較的多く出てくる 動物です。このお話しは桃園県の角板山からさらに山に入ったソロという集落で聞きまし た。
太古の時代は豹も熊もともに白い毛をまとった動物だったといいます。ある日、熊が山道を歩いていると、水飲み場で豹に出くわしました。そこでしばらく雑談を楽しんだあ と、 豹は退屈しのぎにお互いの毛皮の色を染め合うという遊びを提案しました。熊もおもしろ そうだとその案にのりました。
まず、熊が豹の全身に色を塗りました。黒と白との美しい斑紋を染めてみると、それは非常に美しく、見事な出来ばえでした。熊は自分もこんなに美しくなれたら嬉しいものだ と豹をせかしました。
しかし、豹は大喜びしたあまり、あまりにも有頂天になっています。最初に手に取った黒い墨をつけたまま、適当に熊の全身を撫でまわしてしまいました。その時、熊は寝入っ てしまったらしく、何も気づきません。結局、熊の体は一面に黒くなってしまいました。熊が目を覚まし、ふと頭を上げてみると、手を置いていた胸のあたりが月輪のように白く 残っている以外はすべてが真っ黒。模様も何もありません。
熊は大きく怒って豹に噛みつこうとしました。熊は当時、百獣の王と呼ばれるほどに強 い動物でしたから、豹はただただ謝って、「悪意があったのではありません。技術が出な かったんです。お詫びに今後、鹿を得た時には必ず差し出すので、今日のことはどうかご 勘弁を」と涙ながらに言います。熊はもともと気の優しい動物ですから、そう言われる と、無下にもできません。しかも、胸の月輪模様も見方によっては勇ましく、美しいようにも思えてきたので、豹を許すことになりました。
豹が採った鹿肉をすべて食べずに地中に埋めておくのは、熊との約束を今も守っている からなのです。
これは台湾の中部山岳の雄峰・丹大山のふもとに住むブヌン族に伝わる伝説です。ブヌン族は台湾の中南部地域で最大勢力を誇った部族ですが、現在は故郷を捨て、山から下り ているケースをよく見ます。しかし、この伝説は今でも彼らの間に生き続けているようで、いくつかの村で耳にしたことがあります。
昔、あるところに三人の親子が仲良く暮らしていたと言います。ある朝、父親は息子を連れて、山に狩りに出かけました。少年は父親に遅れないようにと、一生懸命に歩いていましたが、ある時、ふと見上げた高い木の上に美しい鳥がいるのにひかれ、父親の姿を見 失ってしまいました。
深い山の中。しかも、運のないことに霧まで立ち込めてきてしまいました。少年は必死になって、父親を探しましたが、その姿を見つけることはできず、陽も暮れかけて、怖く なってきました。そして、来た道に沿って、一人で村に戻ってしまいました。
一方、最愛の息子とはぐれてしまった父親は、心配なあまり、それこそ、死にもの狂いで山中を探しまわりましたが、すでに家に向かっている息子の姿を確認することなどでき るはずがありません。
少年が家に戻ると、母親は夕食の支度をしていましたが、父親の姿がないのに驚き、「一人で帰ってくるとは何事ですか。お父さんはきっと心配して、今もお前を探している はずです」と厳しく叱りつけました。少年は「いくらお父さんの名前を呼んでも返事がなかったから・・」と言うと、母親はますます怒り、「どうして自分の父親の声が聞こえぬ 事がありますか」と言って、たいまつを灯すのが早いか、闇の中を探しに出ていってしま いました。
夜明けも近くなった頃になって、父親は母親とともに家に戻ってきました。そして、少年の顔を見るやいなや、すさまじい剣幕で怒鳴りつけました。子供はおびえながら、父母 の言葉を聞いていました。
その時です。怒鳴り声をあげた父親は、突然、天に吸い込まれて、すぐに見えなくなってしまいました。そして、同時にたいまつを手にしていた母親も、無言のまま、天に昇っ てしまいました。
これが雷と稲妻の始まりです。つまり、雷鳴は父親の声、そして稲妻は母親の松明なのです。山間に響き渡る怒号と、天空を切り裂く稲妻の光り。山では頻繁に雷が発生しますが、これは子孫たちに、親の愛情がいかに深いものであるかを忘れさせぬための先祖が与えているものだと言われています。
これは、花蓮県一帯に広く伝わっているアミ族のお話です。この辺りには、豊かな田園地帯が一面に広がっています。古くから農耕の技術をもっていたアミス(アミ族の人々の自称)は、比較的、安定した生活を営んでいました。これはアミ族の最大勢力を誇ったというキビ社で聞いたお話です。
このお話しはずいぶんと昔のことで、いつの時代かを知る人はいません。ある村に一人の美しい少女がいました。でも、不幸なことに、いつもいつも母親にいじめられ、なんとも憂鬱な毎日を送っていました。
ある日、この少女に同情した友人たちが「家にいるとつらいだろうから、浜辺へ行って貝拾いをしよう」と誘ってくれました。ところがその道中、なんとも言えない臭気が襲ってきて、その激しさはとても堪えられるものではありません。それでも「誰か、オナラをしたのでしょう」などと、お互いにからかいながら、後になり、先になり、山道を進み、海岸へ着きました。
少女達は嬉々として海の美しさと戯れ、貝拾いを楽しみました。しかし、どういうわけか、この間も臭気は絶え間なく、漂っていました。
そのうち昼時になったので、皆で集まり、持参した弁当を開こうとしました。ところが、どうでしょう。その少女の弁当は、表面こそ美しい器でしたが、その蓋を開けてみると、中には汚らしい人糞がうんと入れられていたのです。先ほどからの臭気の原因がわかり、皆は思わず、大笑いしました。
しかし、笑い声はすぐに止み、それは同情へと変わりました。そして、それが、少女の母親の仕業とわかると、友人達は大いに憤り、「あなたの母はなんて悪い人なのでしょう。復讐しよう」と息巻きます。それでも、少女は皆を押しとめて、「親切は嬉しいが、母が悪いのではありません」と言う。「すべては、自分の不肖が原因なのです。私さえいなければ、母もきっと善人になります。私は姿を消します」という。友達が、「そんなことは言わずに、もう一度、社に帰ろう。私たちも助けるから」と言っても、娘は一向に聞く様子はありません。そして、「五日後の満月の夜。月の中に、足を延ばして、籠を傍らにして休んでいるものがあったなら、それは私だと思ってください」と言います。友人達は少女の決心が固いことをみて、涙にくれつつ帰っていきました。
この事を聞いた家族は翌日、早々と海岸に行って、少女を捜しましたが、もはやその影さえありませんでした。そして、泣く泣く家に帰ったそうです。そして、それから五日目の夜、社の人間が皆で表へ出ると、月の中には、あの少女の姿がありありと見えるではありませんか。それから、今でもこの社では、満月になると、可憐な少女の姿を月の中に探すのだそうです。
これはアミ族に伝わっているお話です。花蓮県の瑞穂という町からしばらく進んだところにある小さな集落で聞きました。
昔、昔、数人の孤児の少女がお互いに助け合いながら、農作業をしていました。その時、一人の少女が突然、大声で叫びました。「私が住んでいる家のものは皆、不親切。少しも私に良くしてくれません。こんな毎日をつまらなく暮らすよりも、いっそ鳥になって、思うままに天を羽ばたければ、どんなに楽しいことでしょう」。
それから、その少女は三日続けて、草むらに入っては、用をたし、食事はとらずに、徐々に身を軽くしていきました。四日目に例の如く用を済ませ、草むらから出て来てくると、友達に向って、「私は、これから鳥となります。そして、飛びながらいつも『アッアッ』と鳴くでしょう」と言います。そして再び草むらに入り、衣服を脱ぐと、それを細かく引き破っては、唾で自分の身体につけました。
友達は面白いことをするものだと思って、草むらを見入っていましたが、彼の少女は布切れを身体に付け終わり、三度ほど手を動かしたかと思うと、たちまち鳥になって、草むらを飛び出し、木の枝に止まりました。そして、驚いている友達に向かって「どうか私の羽を我が家に届けてください。この羽を私だと思って皆忘れないでくださいね」と言って、翼を広げて、「アッアッ」と高らかに鳴きながら、どことも知れず、飛び去って行ってしまったそうです。
今でもアミ族の人々は鳥を殺すことはしないと言いますが,それは、その少女を憐れんでのことだと言われています。
火の存在を知り、その使い方を知ることで、人類の生活は大きな変化を迎えました。それは台湾でも同様だったようです。特に、アミ族の村を訪ねて、昔話しを聞いていると、 「祖先達は火のない生活をしていたために、とても不自由だった」という言葉を何度も耳にします。これは花蓮県の南部・キヴィという集落で聞いたお話です。
祖先たちは「どこかに火はないだろうか」と、毎日悩んでいました。この頃はすでに火の存在を知っていたようですが、それがどこにあるのか、そして、どのようにすれば手に 入るのかを知らなかったのです。そして、ある日、村を挙げて、火を探し出すことになりました。村の者すべてが想像だけを頼りに、深い山に入っていったのだといいます。
何日かして、ある若者が火が燃えさかっているのを発見しました。彼が高い山の頂に露営をしている際に、はるか沖合いに一つの小さな島が見え、その頂にちらちらと光るもの が確認できたのです。この島が現在、どの島であるかは不明ですが、確かにこれが火というものに違いありません。若者は大喜びで村に戻りました。
長老は、その若者に褒美を与え、村人を率いてその島が見える山に行ってみました。すると、確かに火らしきものが見えます。しかし、その火影は海原の一孤島にあり、どうすることもできません。自分たちとの間には海原が横たわり、今はただ、指をくわえて見ているだけなのです。結局、村人たちは、がっかりして村へ戻っていきました。
しかし、結局、この若者が発見した以外は火種を見つけることはできませんでした。人々はあの島に渡って火を取ってくることはできないものかと考えました。そんな中に「人 間の力でどうにもならないのなら、動物の助けを借りることにしよう」と提案した長老がいました。そして、たくさんの動物たちが集められ、その中から、火を取ってくるという 大仕事をお願いする勇者を選ぶことになりました。
まずは、力の強さでは誰にも負けないという熊にお願いをしました。熊は動物の世界で最強を自認しているほどですから、自信タップリの様子です。しかし、その巨体ゆえか、 島に着く前に溺れてしまい、再び戻ってくることはありませんでした。
次に、身軽さで定評のある豹が遣わされました。しかし、今度は体が軽すぎたためか、激しい風波に耐え切れず、これも波に流されてしまいました。結局、強さの双璧と言われ た二つの動物はいずれも使命を果たすことが出来なかったのです。人々もすっかり落ち込 んで、うなだれるばかりでした。
そこへ、ひょっこりと小さな動物が現れました。キョン(羌)です。日頃は「弱々しさの象徴」などと、嬉しくない評価を受けているキョン。今回の件でも、話題にすらのぼり ませんでした。しかし、彼はこの不名誉を非常に悔しく思っていたのでしょう。熱心に「どうか、自分にもチャンスをください」と言って聞きません。人々も、外に遺すべき動 物がいないのですから、仕方がありません。期待はしませんでしたが、彼にチャンスを与 えることにしました。 キョンは今までの雪辱を晴らそうと、気合いに満ち溢れています。波が引いた瞬間に、勇んで怒涛の中に飛び込みました。しかし、もともとが小さな体ですから、すぐに波に呑 まれてしまい、その姿はすぐに見えなくなってしまいました。そして、戻ってくる様子もなかったので、人々は彼のことを忘れ、村に戻ってしまいました。
しかし、三日ほどたって、キョンは火種を取って戻ってきました。それを見た人々の驚きようと喜びようは言うまでもありません。人々はキョンに今までの態度を心から詫びま した。そして、みんなで彼を褒め称え、背中をやさしく撫で上げました。しかし、あまり にも多くの人に撫でられてしまったため、キョンの毛はそれからというもの、スベスベと滑らかになり、しかも、光沢まで生じるようになったと言われています。
こういった理由で、キョンの毛並みは美しいのだ
台湾ではタバコは古くから日常に欠かせない嗜好品だったようです。時には薬としても使用されるタバコですが、ここでは台東付近で農耕生活を営むアミ族に伝わるタバコの伝 説を紹介しましょう。
その昔、マルピデンという名の美しい娘がいました。彼女は隣りの集落に住むマルピルクという青年と知り合い、いつしか彼らはお互いを深く愛し合うようになったそうです。 若い二人は将来をともに生きて行くことを約束し、多くの人からの祝福を受けていまし た。
ところが、突然起こったプユマ族との戦争で、マルピルクは相手の射た矢に倒れ、再び帰ってくることはありませんでした。あまりにも突然やってきた悲しい知らせ。その悲報 を耳にしたマルビデンはすぐに駆けつけましたが、その時はすでに最愛の人が息をひきと った後でした。
恋する娘を襲った突然の悲劇。マルビデンは悲嘆にくれ、呆然としたまま数日を過ごしていたといいます。そして、ついに、折りからの豪雨で濁流となっていた川に身を投げて しまいました。愛する恋人の後を追ったのです。
突然の娘の行為に驚いたのはマルビデンの母親でした。流れに呑み込まれて、遺体すら戻らない娘の名を叫び、半狂乱となってたといいます。それでも、若き二人が逢い引きを 楽しんでいた場所に墓を建て、手厚く葬ってあげたそうです。
それから、数ヶ月して母親は夢を見ました。その夢の中にマルビデンが出てきて、こう言います。「先立つ不孝の罪をお許しください。ただ、お母様には長生きをしていただき たく思います。明日、私たちの墓を見てください。きっと一本の草が生えているでしょ う。その葉の部分を陽に干して、細かく刻んでおいてください。そして、私を思いだして悲し くなった時には、それに火をつけて喫してみてください。きっとどんな悲しみも労苦も忘 れられるはずです」。
翌日、母親が墓を見に行くと、確かに、盛土の上に一本の草が生えていました。見たことのない草でしたが、孝行者だった娘の言うことなので、母親は言われた通り、それを干 して、刻んでおいたそうです。そして、娘のことを思い出して、悲しい気持ちになると、その草を喫したといいます。この草がタバコです。マルビデンの言った通り、一口ふかし ただけで、忘れがたいほどの快感が全身を包んだといいます。これが広まって、喫煙の習 慣が始まったのです。
カンケイ社はタイヤル族の住む集落で、現在の行政区分で言えば、宜蘭県と花蓮県の境に近いところにあります。ちょうど、蘇澳から真西に向かって山に入ったあたりにあります。ここの住民はクレサンという氏族に属する人々ですが、このお話しはここだけでな く、タイヤル族に広範囲で伝わっているようです。
これもまた大昔のお話しです。この村に、あるどうしようもない怠け者がおりました。 この男は生来の怠け者で、ろくに働きもせず、ひたすら「お腹が空いた!」などと言っては、イモなどを生のままで食べたりします。両親はすっかり呆れ果て、「この子は獣になるより外はなかろう」とあきらめ顔で言うだけでした。
ある日、この男がどういうわけか、珍しく畑へ出て、慣れない野良仕事をはじめまし た。しかし、男が穴を掘ろうして鍬を手にすると、柄が折れてしまいました。男は別の鍬に取 り替えてみましたが、またそれも折れてしまいます。こうして四本目の鍬が折れた時、男はいまいましくなって、その折れた鍬を投げ捨てました。すると、鍬は近くにあった石に当たり、跳ねかえってきました。そして、運悪く自分の尻に刺さってしまいました。
男は痛さに驚いてすぐに鍬を抜こうとしましたが、なかなか抜けません。どうしようも ないので刺ったままにしておくと、それは尾となってしまいました。男は驚いて思わず身 震いをしました。すると、たちまち全身に毛が生えてきて、猿になってしまったと言われ ています。
こうなってはもはや、人に合わせる顔がないと村を離れ、山中深く逃げ入ってしまいました。そして、木から木へと渡り、木の実や果実をあさるようになったのです。それでも時々、人恋しくなって、村へやってきます。その時は恥ずかしさもあって、いたずらばかりします。そして、自分の風貌が恥かしいので、人間と目が合うとすぐに赤面してしま い、木の上に隠れてしまうようになったとのことです。猿の顔が赤いのはこのためだと言いま す。
犬はもともと、人間と一緒に住んでいたのではありません。古くは今よりもずっと山奥の深い谷間に住んでいたのだそうです。これはゴーガン氏族からマリコワン氏族まで、つ まりタイヤル族の人々が住む、ほとんどの地域で伝わっている有名なお話しです。
その昔、犬は人を見ればとにかく追い回しては噛み付くという、なんとも恐ろしい習性を持っていました。俊敏な動きに加えて、どう猛な性格。人々は災害と同じくらい、犬を 恐れていたといいます。
ある時、村の若者が二人で狩りに出かけた際、やはり犬に追い回されました。走り疲れて、若者が大きな木の陰で休んでいると、親犬が彼らが木陰にいるのを知らずに、小犬をそこに置いて、餌探しに出ていきました。その隙を見て、この若者たちは素早く子犬を捕らえ、一匹づつ子犬を携えて村へ持ち帰りました。そして、人々はこの小犬を養ったとい います。これが飼い犬の始まりです。
犬はもともと聡明な動物です。人里で育ったこの小犬たちもその例に漏れず、次々に人間の言葉を覚えていきました。そして、巧みにそれを操って、人を笑わせますから、大の 人気ものになっていたといいます。しかも、犬には人間が持ち得ることのできない動物特有の「知恵」というものがありますから、とても珍重されていました。
しかし、平和な時は続かないものです。犬はそのうち調子にのり出すようになりました。婦女と戯れたり、人前で猥らな言葉を平気で言ったりするようになりました。それだけで はありません。狩りに出た際にも、獲物は少ないのに、「大猟だから迎えに来い」などと人々を騙しては大笑いしたりします。こればかりは人々も怒り、ある時、「この舌が悪いのだ」と言って、刀で犬の舌を切り落としてしまったのだそうです。
それからの犬は今までとは打って変わって忠実になったといいます。人間の言うことも 黙って聞くようになりました。しかし、聞いて理解はできても、犬が人間の言葉を話すことは決してありません。狩りで獲物がいた時にもワンワンと叫んで、人間に知らせるだけ になってしまったということです。
昔、ある家に美しい娘がいました。ある日、家族は娘を一人残して畑にでました。この娘は誰にも負けないほどの美貌を誇りながらも、ヒマさえあれば寝ているというとんでも ない怠け者で、何度言い聞かせても直りません。当然ながら、嫁のもらいてもなく、両親 は呆れ果てていたといいます。
陽が暮れて、一日の仕事を終えた家族は村に戻ってきました。いつもでしたら娘は働かないかわりに家族の食事を用意しているのですが、この日は家族が家を出てからひたすら眠りつづけていたものと見えます。食事はおろか、食器なども取り散らかしたままで、そこには無数の虫がたかっていました。
両親は驚き呆れました。娘を見ると、もう日没を迎えているのにも関わらず、昼寝の続きを楽しんでいます。今までは「娘のいたらなさはみずからの責任」と思って、別に小 言も言わずにやってきましたが、今回ばかりは娘を揺り起こして、大きな声で諭しました。目を覚ました娘も今回ばかりはきまりが悪かったようで、すぐに跳ね起きました。
そして、慌てて炊事場へ走り込むと、まだひいてもいない粟をそのまま鍋に入れて炊いてしまいました。それを気づかないままに家族に差し出したものですから、両親はあまりのバカさ加減にあきれ、言葉もありませんでした。
父親はたえかねて、娘を厳しく叱りました。すると、娘は恥ずかしさのあまり、こそこそと家の壁にあいていた穴に入っていき、一人でその粟を食べていました。しかし、粟 を食べ終わると、外に出てくることができなくなってしまいました。徐々に体も変わっていき、ついにネズミになってしまったといいます。
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