「死」はどのように生まれたか

これはパイワン族に伝わるお話しで、当地では「サルムッジの話し」として知られています。特に台湾東南部に住むパイワン族に広く伝わっている有名なお話だそうです。私は 台東県太麻里郷の海の見える小さな村でこのお話を聞きました。

 昔、この山の裏側に「ムリ」という名の村があったそうです(現在のどこにあたるかは不明です)。ここにサルムッジというおばあさんがいました。噂によれば、120歳。す でに100年間を生きているのは確かだと言いますが、本当は何歳なのか、それは本人を含めて、誰にもわからなかったそうです。

 このおばあさんは立って行動することはほとんどなかったといいます。終日、室内に黙って座っているばかり。しかも、少しも動かないのだそうです。食事はおろか、トイレに すら行かないから不思議です。人々は薄気味悪いなと心中では思いながらも、とりたてて 面倒なお願い事をしてくるわけでもないので、放っておいたそうです。

 しかし、ある日、突然、ユラユラと部屋から出てきたサルムッジばあさんは人々に向かって、か細い声で、こう言いました。

 「これから地中にあるスルムという国に行ってくる。もし、5日して私が戻ってこなかったらスルムは良いところだということ。もう2度とここに戻ることはないだろう」  そう言い残すと、サルムッジばあさんは庭にあった穴に入り、地中へ向かったそうで す。

 それから5日が経ちました。そして、サルムッジばあさんが戻ってくることはありませんでした。日頃はサルムッジばあさんに無関心だった人々は口々に「スルムの国はきっと 良いところに違いない」と言い出しました。男も女も、老いも若きも、そこに行こうとする者が続出しました。しかし、その数があまりに多いので、長老たちは会議を開き、一つ の案を決定しました。それは、頭目も平民も、みんな平等に年をとっている人間から、順にスルムの国へ行こうというものです。人々もそれに納得しました。そして、年寄りたち は年齢順に、みずから進んでスルムの国を訪ねていったのだそうです。

 地中にあったという「スルム」の国。ここが死の国であることは言うまでもありません ね。

 

   熊の毛が黒い理由

このお話は台湾の北部に住むタイヤル族の人々の間で広く伝わっているものです。最近はすっかり熊など、姿を見ることもなくなりましたが、伝説の中では比較的多く出てくる 動物です。このお話しは桃園県の角板山からさらに山に入ったソロという集落で聞きまし た。

太古の時代は豹も熊もともに白い毛をまとった動物だったといいます。ある日、熊が山道を歩いていると、水飲み場で豹に出くわしました。そこでしばらく雑談を楽しんだあ と、 豹は退屈しのぎにお互いの毛皮の色を染め合うという遊びを提案しました。熊もおもしろ そうだとその案にのりました。

まず、熊が豹の全身に色を塗りました。黒と白との美しい斑紋を染めてみると、それは非常に美しく、見事な出来ばえでした。熊は自分もこんなに美しくなれたら嬉しいものだ と豹をせかしました。

しかし、豹は大喜びしたあまり、あまりにも有頂天になっています。最初に手に取った黒い墨をつけたまま、適当に熊の全身を撫でまわしてしまいました。その時、熊は寝入っ てしまったらしく、何も気づきません。結局、熊の体は一面に黒くなってしまいました。熊が目を覚まし、ふと頭を上げてみると、手を置いていた胸のあたりが月輪のように白く 残っている以外はすべてが真っ黒。模様も何もありません。

熊は大きく怒って豹に噛みつこうとしました。熊は当時、百獣の王と呼ばれるほどに強 い動物でしたから、豹はただただ謝って、「悪意があったのではありません。技術が出な かったんです。お詫びに今後、鹿を得た時には必ず差し出すので、今日のことはどうかご 勘弁を」と涙ながらに言います。熊はもともと気の優しい動物ですから、そう言われる と、無下にもできません。しかも、胸の月輪模様も見方によっては勇ましく、美しいようにも思えてきたので、豹を許すことになりました。

豹が採った鹿肉をすべて食べずに地中に埋めておくのは、熊との約束を今も守っている からなのです。

 

雷鳴と稲妻のはじまりー雷は親の愛

これは台湾の中部山岳の雄峰・丹大山のふもとに住むブヌン族に伝わる伝説です。ブヌン族は台湾の中南部地域で最大勢力を誇った部族ですが、現在は故郷を捨て、山から下り ているケースをよく見ます。しかし、この伝説は今でも彼らの間に生き続けているようで、いくつかの村で耳にしたことがあります。

 昔、あるところに三人の親子が仲良く暮らしていたと言います。ある朝、父親は息子を連れて、山に狩りに出かけました。少年は父親に遅れないようにと、一生懸命に歩いていましたが、ある時、ふと見上げた高い木の上に美しい鳥がいるのにひかれ、父親の姿を見 失ってしまいました。

 深い山の中。しかも、運のないことに霧まで立ち込めてきてしまいました。少年は必死になって、父親を探しましたが、その姿を見つけることはできず、陽も暮れかけて、怖く なってきました。そして、来た道に沿って、一人で村に戻ってしまいました。

 一方、最愛の息子とはぐれてしまった父親は、心配なあまり、それこそ、死にもの狂いで山中を探しまわりましたが、すでに家に向かっている息子の姿を確認することなどでき るはずがありません。

 少年が家に戻ると、母親は夕食の支度をしていましたが、父親の姿がないのに驚き、「一人で帰ってくるとは何事ですか。お父さんはきっと心配して、今もお前を探している はずです」と厳しく叱りつけました。少年は「いくらお父さんの名前を呼んでも返事がなかったから・・」と言うと、母親はますます怒り、「どうして自分の父親の声が聞こえぬ 事がありますか」と言って、たいまつを灯すのが早いか、闇の中を探しに出ていってしま いました。

 夜明けも近くなった頃になって、父親は母親とともに家に戻ってきました。そして、少年の顔を見るやいなや、すさまじい剣幕で怒鳴りつけました。子供はおびえながら、父母 の言葉を聞いていました。

 その時です。怒鳴り声をあげた父親は、突然、天に吸い込まれて、すぐに見えなくなってしまいました。そして、同時にたいまつを手にしていた母親も、無言のまま、天に昇っ てしまいました。

 これが雷と稲妻の始まりです。つまり、雷鳴は父親の声、そして稲妻は母親の松明なのです。山間に響き渡る怒号と、天空を切り裂く稲妻の光り。山では頻繁に雷が発生しますが、これは子孫たちに、親の愛情がいかに深いものであるかを忘れさせぬための先祖が与えているものだと言われています。

 

月中の人影・哀れな美少女の話  

これは、花蓮県一帯に広く伝わっているアミ族のお話です。この辺りには、豊かな田園地帯が一面に広がっています。古くから農耕の技術をもっていたアミス(アミ族の人々の自称)は、比較的、安定した生活を営んでいました。これはアミ族の最大勢力を誇ったというキビ社で聞いたお話です。

このお話しはずいぶんと昔のことで、いつの時代かを知る人はいません。ある村に一人の美しい少女がいました。でも、不幸なことに、いつもいつも母親にいじめられ、なんとも憂鬱な毎日を送っていました。

ある日、この少女に同情した友人たちが「家にいるとつらいだろうから、浜辺へ行って貝拾いをしよう」と誘ってくれました。ところがその道中、なんとも言えない臭気が襲ってきて、その激しさはとても堪えられるものではありません。それでも「誰か、オナラをしたのでしょう」などと、お互いにからかいながら、後になり、先になり、山道を進み、海岸へ着きました。

少女達は嬉々として海の美しさと戯れ、貝拾いを楽しみました。しかし、どういうわけか、この間も臭気は絶え間なく、漂っていました。

そのうち昼時になったので、皆で集まり、持参した弁当を開こうとしました。ところが、どうでしょう。その少女の弁当は、表面こそ美しい器でしたが、その蓋を開けてみると、中には汚らしい人糞がうんと入れられていたのです。先ほどからの臭気の原因がわかり、皆は思わず、大笑いしました。

しかし、笑い声はすぐに止み、それは同情へと変わりました。そして、それが、少女の母親の仕業とわかると、友人達は大いに憤り、「あなたの母はなんて悪い人なのでしょう。復讐しよう」と息巻きます。それでも、少女は皆を押しとめて、「親切は嬉しいが、母が悪いのではありません」と言う。「すべては、自分の不肖が原因なのです。私さえいなければ、母もきっと善人になります。私は姿を消します」という。友達が、「そんなことは言わずに、もう一度、社に帰ろう。私たちも助けるから」と言っても、娘は一向に聞く様子はありません。そして、「五日後の満月の夜。月の中に、足を延ばして、籠を傍らにして休んでいるものがあったなら、それは私だと思ってください」と言います。友人達は少女の決心が固いことをみて、涙にくれつつ帰っていきました。

この事を聞いた家族は翌日、早々と海岸に行って、少女を捜しましたが、もはやその影さえありませんでした。そして、泣く泣く家に帰ったそうです。そして、それから五日目の夜、社の人間が皆で表へ出ると、月の中には、あの少女の姿がありありと見えるではありませんか。それから、今でもこの社では、満月になると、可憐な少女の姿を月の中に探すのだそうです。

 

鳥は悲しい少女の化身

これはアミ族に伝わっているお話です。花蓮県の瑞穂という町からしばらく進んだところにある小さな集落で聞きました。

昔、昔、数人の孤児の少女がお互いに助け合いながら、農作業をしていました。その時、一人の少女が突然、大声で叫びました。「私が住んでいる家のものは皆、不親切。少しも私に良くしてくれません。こんな毎日をつまらなく暮らすよりも、いっそ鳥になって、思うままに天を羽ばたければ、どんなに楽しいことでしょう」。

それから、その少女は三日続けて、草むらに入っては、用をたし、食事はとらずに、徐々に身を軽くしていきました。四日目に例の如く用を済ませ、草むらから出て来てくると、友達に向って、「私は、これから鳥となります。そして、飛びながらいつも『アッアッ』と鳴くでしょう」と言います。そして再び草むらに入り、衣服を脱ぐと、それを細かく引き破っては、唾で自分の身体につけました。

友達は面白いことをするものだと思って、草むらを見入っていましたが、彼の少女は布切れを身体に付け終わり、三度ほど手を動かしたかと思うと、たちまち鳥になって、草むらを飛び出し、木の枝に止まりました。そして、驚いている友達に向かって「どうか私の羽を我が家に届けてください。この羽を私だと思って皆忘れないでくださいね」と言って、翼を広げて、「アッアッ」と高らかに鳴きながら、どことも知れず、飛び去って行ってしまったそうです。

今でもアミ族の人々は鳥を殺すことはしないと言いますが,それは、その少女を憐れんでのことだと言われています。

 

火の起源とキョンの背中の話し

火の存在を知り、その使い方を知ることで、人類の生活は大きな変化を迎えました。それは台湾でも同様だったようです。特に、アミ族の村を訪ねて、昔話しを聞いていると、 「祖先達は火のない生活をしていたために、とても不自由だった」という言葉を何度も耳にします。これは花蓮県の南部・キヴィという集落で聞いたお話です。

 祖先たちは「どこかに火はないだろうか」と、毎日悩んでいました。この頃はすでに火の存在を知っていたようですが、それがどこにあるのか、そして、どのようにすれば手に 入るのかを知らなかったのです。そして、ある日、村を挙げて、火を探し出すことになりました。村の者すべてが想像だけを頼りに、深い山に入っていったのだといいます。

 何日かして、ある若者が火が燃えさかっているのを発見しました。彼が高い山の頂に露営をしている際に、はるか沖合いに一つの小さな島が見え、その頂にちらちらと光るもの が確認できたのです。この島が現在、どの島であるかは不明ですが、確かにこれが火というものに違いありません。若者は大喜びで村に戻りました。

 長老は、その若者に褒美を与え、村人を率いてその島が見える山に行ってみました。すると、確かに火らしきものが見えます。しかし、その火影は海原の一孤島にあり、どうすることもできません。自分たちとの間には海原が横たわり、今はただ、指をくわえて見ているだけなのです。結局、村人たちは、がっかりして村へ戻っていきました。

 しかし、結局、この若者が発見した以外は火種を見つけることはできませんでした。人々はあの島に渡って火を取ってくることはできないものかと考えました。そんな中に「人 間の力でどうにもならないのなら、動物の助けを借りることにしよう」と提案した長老がいました。そして、たくさんの動物たちが集められ、その中から、火を取ってくるという 大仕事をお願いする勇者を選ぶことになりました。 

まずは、力の強さでは誰にも負けないという熊にお願いをしました。熊は動物の世界で最強を自認しているほどですから、自信タップリの様子です。しかし、その巨体ゆえか、 島に着く前に溺れてしまい、再び戻ってくることはありませんでした。

 次に、身軽さで定評のある豹が遣わされました。しかし、今度は体が軽すぎたためか、激しい風波に耐え切れず、これも波に流されてしまいました。結局、強さの双璧と言われ た二つの動物はいずれも使命を果たすことが出来なかったのです。人々もすっかり落ち込 んで、うなだれるばかりでした。

 そこへ、ひょっこりと小さな動物が現れました。キョン(羌)です。日頃は「弱々しさの象徴」などと、嬉しくない評価を受けているキョン。今回の件でも、話題にすらのぼり ませんでした。しかし、彼はこの不名誉を非常に悔しく思っていたのでしょう。熱心に「どうか、自分にもチャンスをください」と言って聞きません。人々も、外に遺すべき動 物がいないのですから、仕方がありません。期待はしませんでしたが、彼にチャンスを与 えることにしました。  キョンは今までの雪辱を晴らそうと、気合いに満ち溢れています。波が引いた瞬間に、勇んで怒涛の中に飛び込みました。しかし、もともとが小さな体ですから、すぐに波に呑 まれてしまい、その姿はすぐに見えなくなってしまいました。そして、戻ってくる様子もなかったので、人々は彼のことを忘れ、村に戻ってしまいました。

 しかし、三日ほどたって、キョンは火種を取って戻ってきました。それを見た人々の驚きようと喜びようは言うまでもありません。人々はキョンに今までの態度を心から詫びま した。そして、みんなで彼を褒め称え、背中をやさしく撫で上げました。しかし、あまり にも多くの人に撫でられてしまったため、キョンの毛はそれからというもの、スベスベと滑らかになり、しかも、光沢まで生じるようになったと言われています。

 こういった理由で、キョンの毛並みは美しいのだ 

 

娘が母に残した贈り物―タバコのはじめ

台湾ではタバコは古くから日常に欠かせない嗜好品だったようです。時には薬としても使用されるタバコですが、ここでは台東付近で農耕生活を営むアミ族に伝わるタバコの伝 説を紹介しましょう。

その昔、マルピデンという名の美しい娘がいました。彼女は隣りの集落に住むマルピルクという青年と知り合い、いつしか彼らはお互いを深く愛し合うようになったそうです。 若い二人は将来をともに生きて行くことを約束し、多くの人からの祝福を受けていまし た。

 ところが、突然起こったプユマ族との戦争で、マルピルクは相手の射た矢に倒れ、再び帰ってくることはありませんでした。あまりにも突然やってきた悲しい知らせ。その悲報 を耳にしたマルビデンはすぐに駆けつけましたが、その時はすでに最愛の人が息をひきと った後でした。

 恋する娘を襲った突然の悲劇。マルビデンは悲嘆にくれ、呆然としたまま数日を過ごしていたといいます。そして、ついに、折りからの豪雨で濁流となっていた川に身を投げて しまいました。愛する恋人の後を追ったのです。 

突然の娘の行為に驚いたのはマルビデンの母親でした。流れに呑み込まれて、遺体すら戻らない娘の名を叫び、半狂乱となってたといいます。それでも、若き二人が逢い引きを 楽しんでいた場所に墓を建て、手厚く葬ってあげたそうです。

それから、数ヶ月して母親は夢を見ました。その夢の中にマルビデンが出てきて、こう言います。「先立つ不孝の罪をお許しください。ただ、お母様には長生きをしていただき たく思います。明日、私たちの墓を見てください。きっと一本の草が生えているでしょ う。その葉の部分を陽に干して、細かく刻んでおいてください。そして、私を思いだして悲し くなった時には、それに火をつけて喫してみてください。きっとどんな悲しみも労苦も忘 れられるはずです」。

 翌日、母親が墓を見に行くと、確かに、盛土の上に一本の草が生えていました。見たことのない草でしたが、孝行者だった娘の言うことなので、母親は言われた通り、それを干 して、刻んでおいたそうです。そして、娘のことを思い出して、悲しい気持ちになると、その草を喫したといいます。この草がタバコです。マルビデンの言った通り、一口ふかし ただけで、忘れがたいほどの快感が全身を包んだといいます。これが広まって、喫煙の習 慣が始まったのです。

怠け者の男が猿になったという話し

カンケイ社はタイヤル族の住む集落で、現在の行政区分で言えば、宜蘭県と花蓮県の境に近いところにあります。ちょうど、蘇澳から真西に向かって山に入ったあたりにあります。ここの住民はクレサンという氏族に属する人々ですが、このお話しはここだけでな く、タイヤル族に広範囲で伝わっているようです。

 これもまた大昔のお話しです。この村に、あるどうしようもない怠け者がおりました。 この男は生来の怠け者で、ろくに働きもせず、ひたすら「お腹が空いた!」などと言っては、イモなどを生のままで食べたりします。両親はすっかり呆れ果て、「この子は獣になるより外はなかろう」とあきらめ顔で言うだけでした。

 ある日、この男がどういうわけか、珍しく畑へ出て、慣れない野良仕事をはじめまし た。しかし、男が穴を掘ろうして鍬を手にすると、柄が折れてしまいました。男は別の鍬に取 り替えてみましたが、またそれも折れてしまいます。こうして四本目の鍬が折れた時、男はいまいましくなって、その折れた鍬を投げ捨てました。すると、鍬は近くにあった石に当たり、跳ねかえってきました。そして、運悪く自分の尻に刺さってしまいました。

 男は痛さに驚いてすぐに鍬を抜こうとしましたが、なかなか抜けません。どうしようも ないので刺ったままにしておくと、それは尾となってしまいました。男は驚いて思わず身 震いをしました。すると、たちまち全身に毛が生えてきて、猿になってしまったと言われ ています。

 こうなってはもはや、人に合わせる顔がないと村を離れ、山中深く逃げ入ってしまいました。そして、木から木へと渡り、木の実や果実をあさるようになったのです。それでも時々、人恋しくなって、村へやってきます。その時は恥ずかしさもあって、いたずらばかりします。そして、自分の風貌が恥かしいので、人間と目が合うとすぐに赤面してしま い、木の上に隠れてしまうようになったとのことです。猿の顔が赤いのはこのためだと言いま す。

 

 

犬の舌−犬が忠実になった理由

犬はもともと、人間と一緒に住んでいたのではありません。古くは今よりもずっと山奥の深い谷間に住んでいたのだそうです。これはゴーガン氏族からマリコワン氏族まで、つ まりタイヤル族の人々が住む、ほとんどの地域で伝わっている有名なお話しです。

その昔、犬は人を見ればとにかく追い回しては噛み付くという、なんとも恐ろしい習性を持っていました。俊敏な動きに加えて、どう猛な性格。人々は災害と同じくらい、犬を 恐れていたといいます。

ある時、村の若者が二人で狩りに出かけた際、やはり犬に追い回されました。走り疲れて、若者が大きな木の陰で休んでいると、親犬が彼らが木陰にいるのを知らずに、小犬をそこに置いて、餌探しに出ていきました。その隙を見て、この若者たちは素早く子犬を捕らえ、一匹づつ子犬を携えて村へ持ち帰りました。そして、人々はこの小犬を養ったとい います。これが飼い犬の始まりです。 

犬はもともと聡明な動物です。人里で育ったこの小犬たちもその例に漏れず、次々に人間の言葉を覚えていきました。そして、巧みにそれを操って、人を笑わせますから、大の 人気ものになっていたといいます。しかも、犬には人間が持ち得ることのできない動物特有の「知恵」というものがありますから、とても珍重されていました。

しかし、平和な時は続かないものです。犬はそのうち調子にのり出すようになりました。婦女と戯れたり、人前で猥らな言葉を平気で言ったりするようになりました。それだけで はありません。狩りに出た際にも、獲物は少ないのに、「大猟だから迎えに来い」などと人々を騙しては大笑いしたりします。こればかりは人々も怒り、ある時、「この舌が悪いのだ」と言って、刀で犬の舌を切り落としてしまったのだそうです。

それからの犬は今までとは打って変わって忠実になったといいます。人間の言うことも 黙って聞くようになりました。しかし、聞いて理解はできても、犬が人間の言葉を話すことは決してありません。狩りで獲物がいた時にもワンワンと叫んで、人間に知らせるだけ になってしまったということです。

 

 

ネズミになった怠け者の娘

昔、ある家に美しい娘がいました。ある日、家族は娘を一人残して畑にでました。この娘は誰にも負けないほどの美貌を誇りながらも、ヒマさえあれば寝ているというとんでも ない怠け者で、何度言い聞かせても直りません。当然ながら、嫁のもらいてもなく、両親 は呆れ果てていたといいます。

   陽が暮れて、一日の仕事を終えた家族は村に戻ってきました。いつもでしたら娘は働かないかわりに家族の食事を用意しているのですが、この日は家族が家を出てからひたすら眠りつづけていたものと見えます。食事はおろか、食器なども取り散らかしたままで、そこには無数の虫がたかっていました。

   両親は驚き呆れました。娘を見ると、もう日没を迎えているのにも関わらず、昼寝の続きを楽しんでいます。今までは「娘のいたらなさはみずからの責任」と思って、別に小   言も言わずにやってきましたが、今回ばかりは娘を揺り起こして、大きな声で諭しました。目を覚ました娘も今回ばかりはきまりが悪かったようで、すぐに跳ね起きました。

   そして、慌てて炊事場へ走り込むと、まだひいてもいない粟をそのまま鍋に入れて炊いてしまいました。それを気づかないままに家族に差し出したものですから、両親はあまりのバカさ加減にあきれ、言葉もありませんでした。

   父親はたえかねて、娘を厳しく叱りました。すると、娘は恥ずかしさのあまり、こそこそと家の壁にあいていた穴に入っていき、一人でその粟を食べていました。しかし、粟   を食べ終わると、外に出てくることができなくなってしまいました。徐々に体も変わっていき、ついにネズミになってしまったといいます。

 

   台風はなぜ夏に来るかー風と雨と雪の力試し

  昔ある所で、「風」、「雨」、「雪」の三人が集まって力試しをした事があったといい ます。

まず、「風」が最初に進み出て、「まずは俺の力を見てくれ。一瞬にして数百本の樹木を吹き飛ばしてやる」と言いました。「風」は下腹に力をこめるや、大きな音とともに大風を吹き荒らしました。すると、天地は震動し、石は飛び、木は折れ、雲は流れ、見るも 凄まじいありさまとなりました。

  次ぎに、「雨」が出てきて、「自分は凄まじさにおいてはかなわないが、山を崩すこと はできないだろう?」と、静かに降りだしました。これが何日も何日も続くものですか ら、 山はもろくも崩れ始めました。思わず、下界に住んでいる人間たちは「お願いだからやめてください」と涙ながらに嘆願するようになりました。

  最後に雪がおもむろに進み出ました。「なるほど、二人の腕前は素晴らしい。ただし、私の威力には及ぶまい」と言いながら、こんこんと雪を降らせました。「風」も「雨」 も、そして下界に住む人間たちも「雪」というもの自体をよく知りませんから、どんなものかと興味深く思っていました。しかし、たった今まで青々としていた草木がことごとく枯 れ、見渡すかぎりの銀世界となってしまった時には、水は凍り、粟は枯れ、動物の姿も見えなくなりました。そして、燃える火もたちまち消えてしまい、まさにこの世は死の世界とな りました。

  あまりの厳しさに、下界では実際に死んでしまうものも出てきました。これを見て、さすがの「風」「雨」も「雪」にはかなわないと降参を申し入れました。一等は「雪」が勝 ち得たのです。

 それ以来、「風」も「雨」も気まずさがあったのか、やってくるのは「雪」のいない夏を選ぶようになりました。しかも、この二つは照れ隠しに一緒にやってきます。これが台 風の始まり。「雪」はというと、もともとがおとなしい性格ですから、めったに降ることはありません。そして、力試しの際に死んでしまった人間を不憫に思ったのでしょうか、 山奥の山奥、ほとんど人が住んでいない僻地でしか、その姿を見せないのだそうです。

 

太陽を弓矢で射た少年の話

これは大昔のお話です。ある家に一人の少女がおりました。この少女は毎日河へ出ては網を投げ、小魚を捕っていましたが、ある日、上流から棒きれが流れてきて、網にひっかかりました。少女はそれを手にとって、下流に投げたところ、不思議なことに、棒は流れに逆らって再び網に入ります。何度繰り返しても同じなので、少女は薪にでもしようと思って、その棒を帯に挟み、家へ帰りました。

家に着くと、帯に挿しておいたはずの棒が見あたりません。どこかへ落としてしまったのかもしれませんが、彼女はとりたてて気に留めず、そのまま忘れてしまいました。その日は何事も起こらず、家族にもその棒について話すことはありませんでした。

しかしながら、二晩ほどして、不思議なことが起こりました。なんと、その少女に子供ができたのです。家族は訝しがって、いったい誰の子供なのかと問いただしましたが、少女に身の覚えはありません。懸命に否定しましたが、翌日になると、男の子が生まれ出てきました。生まれてきた子供に罪はありませんから、家族はその男の子を大切に育てたそうです。

この子は小さな頃から、並みならぬ才能を発揮していました。特に動きが俊敏で、腕の力が強かったといいます。5才になったときには、すでに自分で弓を張り、獲物を狙ったらはずすことがなかったといいます。そのほかにも、人々を驚かすようなことが次々に起こりました。

  ※          ※            ※

その頃は天空に二つの太陽があったといいます。それぞれが勝手気ままに現れるものですから昼夜の区別は全くなく、人々は毎日焼かれるような思いをしていました。人々はその暑さに苦しみながらも、どうすることもできないでいたのです。ある日、少年は年老いた母親がこの暑さを嘆くのを聞いて、自分が母を守らなければならないという気持ちになり、太陽を征伐することを決意しました。そして、母親にこう伝えました。

「このように二つの太陽があっては、人々はどんなときも苦しみから逃れることはできません。私は今から太陽を征伐しに行ってきます。ここに水を入れた器があります。この水が溢れてきたら私のことは死んだと思ってあきらめてください。そして、この水が溢れることなく、器だけが揺れたとしたら、その時は油を塗った薪を用意し、粟で餅を作って私の帰りを待っていてください」

※            ※            ※

少年は東へ向かって出発しました。いくつかの山を越えると、そこに大きな弓矢を抱いた太陽が立ちはだかりました。少年はたちまち弓を構えましたから、太陽は驚いて山陰に逃げ失せてしまいました。しばらくして太陽は再び現れましたが、少年の姿を確認するや、またもや姿を隠してしまいます。そこで少年は草むらにじっと隠れ、太陽が警戒を緩めるのを待ちました。しばらくすると、太陽は少年がいなくなったことに安心し、身を潜めた少年の傍らを無造作に通り過ぎましたので、少年は鋭く弓を引き、それを放ちました。すると、矢は深く太陽を射抜き、大量の血があふれ出てきました。そして、太陽はぐったりとすると、徐々に光を失っていきました。

この時、母のもとに残された器は水が溢れることなく揺れました。母は喜んで粟餅を作り、薪に油を塗って、今や今やと少年の帰りを待ちました。やがて、少年が戻り、手をとって喜んでいると、それまで照っていた太陽の光が消えてしまい、辺りはすっかり闇夜となってしまいした。少年に射られた太陽が絶命したのでしょう。もう一つの太陽も少年を恐れていますから、もはやこの村を照らす太陽はありません。村人たちは突然やってきた暗黒の世界を神の祟りだと驚き畏れ、洞窟に逃げ込んだといいます。しかし、少年の家には母が用意していた薪がありますから、暮らしに困ることはありませんでした。こうして暗闇の世界が数ヶ月も続いたそうですが、母が用意した薪の火は絶えることがなかったそうです。

さて、しばらくすると、ただ一つになってしまった太陽が東の方角に現れました。しかし、この太陽はまだおびえているようで、ほんの一時間ばかり照らすだけで再び東の空へ戻ってしまいます。しかし、少年が自分を狙っていないことを知るや、日に日に高く上るようになりました。しばらくすると、人々の頭上まで上るようになり、もはや東には帰らず、西の方向へ去るようになりました。太陽が一気に動くことがなく、常にゆっくりと移動するのは、今でもまだ、この少年を恐れているからなのだといいます。

さて、少年に射られた太陽ですが、こちらもしばらくして、再び天空に現れるようになりました。しかしながら、大量に出血したため、著しく光を失ってしまいました。それを今、人々は「月」と呼んでいるのです。

(ツオウ族)

 

体に糞を塗る不思議な男の話(タイヤル族)

約束を破ること。これは決してしてはならないとタイヤル族の子供たちは教わるという。実際、タイヤル族の村々を訪ねると、この言葉は何度となく老人から聞かされる。この伝説は宜蘭県の山深く、蘭陽渓のせせらぎがいつも聞こえるルモアン集落で聞いた話しである。

昔、自らを変わり者と称する奇妙な男がいた。長い間、山中をさまよっていたのか、身なりは汚いが、一応、礼儀だけは知っているらしく、まずは頭目を訪ねたいと村人に言った。その男は頭目の家に着くと、丁重に挨拶をして、貢ぎ物を差し出した。村人は歓迎の宴を整え、この男を迎えることにした。

村人たちは、この男はきっと何か相談事があるのだろうと思っていたが、男はなかなか切り出そうとしない。そして、宴もたけなわの頃になって、男は突如、神妙な表情を作って、村人たちの顔を見つめながらこう言った。

 「どうか、私に糞を塗ってくれませんか」

あまりにも突然で、かつ意外なことだったので、村人たちは返す言葉もなかった。男は続けてこう言ったという。「そのお返しに不死と不老の二つをあなた方全員へ差し上げましょう」。男の顔はいたってまじめである。

自分の糞を他人に塗るというのは誰しも抵抗を禁じ得ないことだが、糞などいくらでもあるし、不足することもない。塗ってやることも難しいことではない。それよりも、「不老と不死」を厭う者などいるはずもない。結局、村人たちは、「不思議なヤツだ」と思いながらも、毎朝、この男の体に糞を塗ることにした。 

しかし、清々しい一日の始まりに、糞便を手にすることなど決して気分が優れるものではない。最初は面白半分でやっていた村人もいつしか面倒になっていった。男に糞を塗る者は一人、また一人と減っていき、一ヶ月もしないうちに 村人は男との約束を破ってしまった。 

そのときである。それまでは穏やかだった男は人が変わったように怒りだし、村人たちをさんざん罵しるや、突然、肥溜めに向かって走り出した。そして、そこに飛び込んで死んでしまった。人々は謝る余裕すらないままに呆然と始終を見守るしかなかった。

この時からである。人間の寿命はすっかり縮まってしまった。そして、以前にも増して老いが早まってしまった。村人たちは大いに悔やんだが、もはやどうすることもできない。人間が長生きできなくなったのはこの時からだという。

(宜蘭県ルモアン集落)

 

サルになった食いしん坊の話

これは台湾中南部に住むブヌン族に伝わるお話です。もう5年以上も前になりますが、私は南投県の信義郷でこの話を聞きました。かつては新高山(現玉山)の登山口でもあった東埔温泉へ赴いた際、知り合った地元の長老に教えていただきました。なお、「ブヌン族」とは言っても、実際はいくつかのグループに分かれており、ここに紹介する話にも異説がいくつか存在していることは、お知りおきください。

その昔、何人かの若者が共同で畑を耕していたそうです。皆、とても熱心に働いていましたが、若さゆえ、夕方前には決まってお腹がすいてしまいます。当時は食べ物が豊富にあったわけではないので、こういった時には、空腹のまま耐え忍ぶか、もしくは自分たちで山に入って食べ物を得るしか方法がありませんでした。

ある日、若者たちは、あまりにもお腹がすいたので、自分たちが耕している畑のイモをいくつか食べてしまおうと話し合いました。当時、収穫物の盗み食いなど、とても許されることではありません。それでも、一個や二個くらいならわかるはずがないと、ある若者が大きなくぼみをもった石を使って湯を沸かし、そこにイモを入れて煮始めました。

しばらくすると湯気がたち、おいしそうな匂いが広がってきました。それを横で眺めていた食いしん坊の若者がたまらず、皆が見ていないのを良いことに、鍋の中の一つをつかんで食べてしまいました。そして、一つ食べてしまうともう一つ、そしてまたもう一つと、止まらなくなってしまい、結局、その若者はイモをほとんど全部食べてしまいました。

それを見た他の若者たちは顔を真っ赤にして怒りました。そして、鍬を手にして追いかけてきました。食いしん坊の若者も、これはまずいと思ったのでしょう。自分の鍬を手にして、山の方へ走り去りました。しかし、その若者が石に躓いて転んだ瞬間、自分の持っていた鍬が尻に突き刺さってしまいました。若者はあまりの痛さに言葉を忘れ、この時から言葉を話せなくなってしまったと言います。そして、哀れなことに、尻に刺さった鍬は抜けなくなって、尻尾となってしまったそうです。

そうこうしていると、あまりの騒々しさに村人たちが集まってきました。それを見た食いしん坊の若者は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤して、山深く逃げ入ってしまいました。そして、この若者はサルになってしまったと言います。サルが食いしん坊で、顔が赤く、人間にはないはずの尻尾があり、人間の言葉を話せないのは、こういった理由からなのだそうです。さらに、サルが「カウカウ」と鳴くのは、慌てて口に熱いイモを入れてしまったので、その熱さに思わず口走ったのが「カウカウ」という言葉だったからだと言われているそうです。

(ブヌン族)

 

 

妊婦とフクロウ(サオ族)

かつて、サオ族の人々は、狩猟の際にフクロウを見かけても、決して殺すようなことはなかったと言います。これは現在も変わっておらず、フクロウは一種の聖鳥とされています。これはフクロウは狩猟の時に獲物がいる場所を教えてくれるという迷信ばかりでなく、危険な方角を人々に指示してくれるからなどとも言われていますが、実は、もう1つ。なんと、フクロウは 女性の懐妊を予知できるというのです。これはそんなお話。

その昔、サオ族の集落に、とても美しい少女がいました。この少女はまだ結婚をしていませんでしたが、ある日、気が付くとお腹がふくれ、どうやら妊娠してしまったようでした。両親をはじめ、集落の人々は、これをとても恥ずかしいことだとののしり、少女を責め続けました。そして、少女は耐えきれず、とうとうある夜。山奥に逃げてしまったのだそうです。

これから数日して、入れ違いに山に入っていた猟師が村に戻ってきました。この猟師はその少女に山中ですれ違ったと言います。人々がその行方を尋ねると、猟師は悲しそうに、その少女はもう村には戻ってこないだろうと告げました。その言葉によれば、少女は話しを聞いてくれず、ののしった人々から離れ、自らの不幸話をやさしく聞いてくれたフクロウに心を許し、これから自分はフクロウになることを決心したというのです。

人々は当初、この話を信じませんでした。 しかし、この猟師に話しを聞いてから数日後、大きなフクロウが飛んできました。この時はすぐに山へ戻ってしまいましたが、その後、サオ族の女性が妊娠をすると、必ずフクロウが妊婦の家に飛んで来くるようになり、大きな声で鳴き続けます。まるで、この家には妊婦がいることを人々に伝えているようでした。それは、どんなことがあっても、妊婦をいたわり、大切にしなければならないという少女の悲しいメッセージのようでもあります。

これ以来、サオ族の人々はフクロウがあの少女の化身だと信じるようになりました。そして、それ以後、少女を責めたことを後悔し、妊婦は集落の人々みんなでいたわること、そして、フクロウは絶対に殺してはいけないことを子孫に言い伝えるようになったといわれています。

(サオ族)

 

サルが盗み食いするようになった理由話

今でこそ、カボチャの種はとるに足らないものでしかありませんが、大昔はカボチャの種を太陽にさらし、乾燥させてからじっくりと煮込むと、砂糖のように甘くなって、それはそれは美味しかったのだそうです。  

ある家にいたずら好きな少年がいて、このカボチャの種のことを隣りの村に住む友人から聞いてきました。そして、いちもくさんに母親のもとへ行き、しきりにカボチャの種をくれるようねだりました。しかし、母親は炊事に忙しく、「私はそんなものを持っていないからおばあさんにもらい なさい」と言いました。少年が祖母のもとへ行くと、祖母は網の手入れに忙しく、「あなたの父さんが持っているはずだ」と言います。少年は父親のところへ行きました。父親もまた狩猟の準備に忙しく、「兄のところへ行け」と言いました。少年は今度 こそはと期待して、兄にカボチャの種をねだりました。すると、兄は弓矢を磨きながら、「それはやはり母さんに頼まなければ ならない」と言いました。そこで少年が再び母親のもとへ行くと、イモを煮ていた母は少年のしつこさをうるさく思ったので しょうか、やや怒気を含んで、「無いも のはありません」と叱責しました。

少年はさんざんたらいまわしにされて、徐々に怒りを覚えました。そして、「これからは 欲しいものはなんでも盗んで手に入れ ることにします。もう誰にも頼りません」と言って、家を出てしまいました。少年が森の中を走っていると、木の棒が転がって いました。少年はそれを手に取ると、この悔しさを忘れないようにと、棒を自分の尻に突 き刺しました。すると、にわかに姿が 変わって少年はサルとなってしまったのだそうです。棒はいつの間にか尻尾になりまし た。  

それからです。サルになった少年は時々集落へやってきては欲しいものを盗み食いし、山 へ帰るようになりました。サルの食い意地の悪さは子供の純情を軽視した大人たちのせいなのです。ですから、サルが盗み食いをしても、人々は若干ですが寛容にな ったのだと言います。

(ツオウ族)