原住民の集落訪問記

■ブター社(宜蘭県)      ■ビララウ社(台東県)

 

ブター社(宜蘭県)

 ここはタイヤル族クレサン氏族の人々が住む村で、漢字表記は「武塔」村。タイヤル族の言葉ではブターといいます。

 鉄道の武塔駅は集落からやや離れた高台に位置しており駅前には花畑が広がっています。周囲には民家の一軒もなく、聞こえてくるのは小鳥のさえずりばかり。まさに「桃源郷」を名乗るにふさわしい土地です。

 「ブター」の名の由来は、ブタナウエさんという祖先の名前に由来しているといいます。この集落は、古くは「キジック」、「コウメウ」などという名で呼ばれており、日本統治時代の記録にも、この2つの名前が記されています。なお、この2つの名前の由来は全く不明なのだそうです。

 もともとこの集落は、山深いところにあったのですが、戦後政府の圧力で、山を下り、この土地に定住したのだと言います。現在は、以前の集落があったところを「旧武塔村」と称して、その名前が地図の上に残っているだけになってしまいました。

 古い集落は、標高にして1200mを越える深い山に中にあったそうです。 たまたま声をかけたおばあさんによれば、今でも、先祖参りに行くため、2日がかりで、山に入ることがあるといいます。オトコたちは狩に入ることも多く、その道のりには、雨をしのぐための簡単な小屋もいくつか用意してあるのだそうです。

 さて、この集落を有名にしたのは戦前作られた映画「サヨンの鐘」でしょう。細かい解説は別の機会に譲りますが、この集落のはずれに、日本人が建てた「愛国乙女サヨン遭難之地」という記念碑が現存しています。 

    

     ビララウ社(台東県)

 ここはパイワン族の人々が住む村で、現在の名前は金峰郷正興村。南廻線の太麻里駅に近い集落です。

 厳密に言えば、この村にはビララウ社以外にも、トリトリ社やバジュル社など、いくつかの集落の人々が移り住んでいます。いずれも、ここからずっと山奥に入ったところに点在していた集落ですが、日本時代に、政策によって山を下り、定住を強いられたという経歴を持っています。

 私は台東市内でビララウ社の頭目のおばさんと知り合い、親しくつきあっていただいています。パイワン族は、はっきりとした身分社会で、頭目、貴族、平民に分かれています。また、頭目は男女の隔てはなく、「頭目夫人の体から生まれ、最初に太陽を見た者」が頭目の地位を継承します。この風習はルカイ族やプユマ族、アミ族などにはありません。

 頭目の家には必ず、木彫りの見事な彫刻があります。そして、先祖代々受け継いできた壷があります。また、最近はすっかり見かけなくなりましたが、粟も、必ず、備えてあります。頭目は平民から税をとることを許されており、それを貧しい人に配ったり、外来のお客さんをもてなしたりする時に用います。私がここを訪ねる時も、泊めていただくのは必ず、頭目さんの家です。

 泊めていただくたびにいつも思うのですが、早朝の山では、とにかく小鳥のさえずりが美しいことに感動します。森林に響き渡り、山間にこだまする歌声は都市では絶対に味わえないものでしょう。あの歌声が聞きたくて、また、足を運んでしまいます。

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