台湾に残る日本時代の遺構(台北市内)

行政院ー旧台北市役所

ここは終戦まで台北市役所として使用されていた建物である。竣工は1940(昭和15)年で、翌年から使用されている。つまり、竣工からわずか5年後には終戦を迎え、中華民国政府の行政機関となったのである。それから半世紀以上の歳月が過ぎ、今やこの建物がかつての台北市役所であった事実を知る人も多くはなくなっている。

この建物の表面には黄土色のタイルが貼られている。このタイルの色は司法院(旧総督府高等法院)や中山堂(旧台北公会堂)と同様、当時は国防色と呼ばれたものである。この時代に竣工した建物ではよく見られ、空襲を意識せざるを得なかった時代性が見え隠れしている。

旧台湾総督府庁舎などと同様、この建物を上から眺めると、「日」の字型をしているのがわかる。四周に事務室を配し、中央には大講堂が設けられている。正面は4階建てとなっているが、周囲は3階建て。戦後も建物自体が改修を受けることはなかったので、ほぼ原型を保っている。美しく並んだベランダも印象的だ。

現在、毎週金曜日に限って内部の参観が可能となっている。入口は正面ではなく、天津街にある通用門となるので注意したい。また、参観はパスポート携帯が義務づけられている。

台北の市制施行は1920年であった。ここは戦後、二二八事件の舞台にもなった場所である。

正面玄関は当時高砂族と呼ばれていた台湾原住民の芸術センスが取り入れられたと言われている。



整然とした雰囲気を漂わせるモダニズム建築だが、窓枠などの細部には木材が使用されており、
さりげない優しさを感じさせている。