台湾に残る日本時代の遺構(台北市内)

第一外科醫院―旧菅野外科医院


ここは林立する高層ビルの谷間に位置しており、いつ訪れても「日陰」を強いられている建物であった。3階建てのどっしりとした建物で、表面には黄土色のスクラッチタイルが貼られている。その色合いは時間とともに落ち着きを増し、味わいを深めていた。壁面も円形の採光窓や整然と並ぶ窓枠などがさりげなく風格を漂わせ、印象的なたたずまいとなっていた。

この建物は1927(昭和2)年に開業して以来、1997年まで一貫して外科医院として使用されてきた。終戦までは菅野外科医院を名乗っていたが、戦後は管理者が代わり、1959年からは骨髄移植の権威であった方錫玉医師がここを買い上げて、第一外科医院を開業している。

ここを取り壊し、近代的なビルを建てることは、これまでに何度も計画されてきたという。台北市は歴史的な意義と建築的な価値を考慮し、古蹟指定を検討していたというが、個人所有の建築であるがゆえ、いつ取り壊されてもおかしくないという状況にあった。そして、2003年12月。ついに取り壊しに遭ってしまった。

私は取り壊しの前日に撮影を許可され、ここを訪れた。道路に面した医院部だけでなく、その奥にあった木造の住居部もしっかりとした造りで、柱の一本やふすま、窓枠など、長年使い込まれた風格が感じられた。そして、翌日、予定通りに取り壊し工事は始まり、老建築の身体は無機質なクレーンによってえぐられ始めていた。

 

どっしりとした3階建ての建物である。高層ビルの谷間にあって、いつでも日陰のような場所であった

後方には住居として使用されていた木造家屋も残っていた。この写真は取り壊し前日に立ち入りを許され、その際に撮影したもの

館内は取りたてて装飾が施されたりしているわけではないが、取り壊しの前日まで診療室や病室などが残り、住居部のたたみやふすまもそのままであった


うっすらと「菅野外科医院」の文字が見える