台湾に残る日本時代の建築

陽明山教師中心―旧草山衆楽園



台北からバスに揺られて陽明山へ向かう。ここは日本時代に草山(そうざん)と呼ばれていた土地で、終戦まで日本屈指の大温泉地として知られてきた場所である。バスが陽明山に着く少し手前に、かつて草山衆楽園と呼ばれた公共の遊楽施設がある。ここは温泉を中心とした台湾指折りの娯楽施設で、戦前の観光案内では必ず紹介されていた場所である。
  
この建物が竣工したのは1929(昭和4)年のことであった。衆楽園はその翌年に正式なオープンを果たしている。その後、台北近郊の景勝地として草山の名が広まっていくと、この建物は絵葉書などで定番の図柄として紹介されていくこととなった。

竣工時、台湾最大の娯楽施設ということで、多くのメディアが特別な扱いでここを取り上げたという。総面積564・8坪という敷地に2階建ての大型建築がどっしりとたたずむ。用材にはこの一帯で切り出された安山岩の自然石が用いられ、落ち着いた色合いを誇っていた。大きな石塊を組み合わせた壁面や広々とした館内など、注目したい箇所は少なくない。しかしながら、ここのシンボルとなっていた正八角形の大浴場はすでになく、現在、この建物に浴場の設備はない。石造りの重厚な風格に触れることだけが、かつての姿を偲ぶ唯一の手段となっている。

 

堂々とした風格をまとった建物である。現在は教員研修センターとして使用されている